|
ゲスト
当店で行うホームコンサートで演奏していただいてるゲストの方々です。イェルク・デームス氏は来日されるとよく当店で演奏してくださいます。辛島文雄氏は毎年クリスマスイヴコンサートに来ていただいてます。
イェルク・デームス − Jorg
Demus
|
1928年、ウィーン近郊のサンクトペルテンで生まれた。父、オットー・デームスは高名な美術史家で、そのビザンチン芸術に関する研究は世界的値を有するものである。母、エリカは素晴らしいヴァイオリニストであった。
11歳でウィーン国立アカデミーに入学を許され、同時にギムナジウムの教育も受けた。その間、14歳でウィーン学友協会のブラームス・ザールでデビューコンサートを行い、大成功をおさめる。
そしてウィーンでの毎年のリサイタルのみならず、イタリア、スイスからもピアニストとして招かれるようになる。
1947年、オーストリア音楽賞、ウィーン学友協会名誉賞を受賞。イーヴ・ナット、ワルター・ギーゼキング、ウィルヘルム・ケンプ、エドウィン・フィッシャーのもとで研鑽を積み、1950年ロンドンにデビュー。
1953年にはパリのサルガボーでのコンサートで、まさにセンセーションを巻き起こした。フィガロ紙の有名な評論家クレランドンは「イェルク・デームスは素晴らしい演奏で聴衆を魅了しつくした!」と言う見出しのもとに、感動的な批評を書き記した。
1956年にはブゾーニ国際コンクールで優勝し、国際的名誉を不動のものとした。
バドゥラ・スコダ、フリードリヒ・グルダと共に"ウィーン三羽ガラス"と呼ばれ、世界各地の著名ホールでのリサイタルや国際音楽祭には常連として呼ばれ、カラヤン、サバリッシュ、小沢征爾と共演。スーク(Vn)、ガロワ(Fl)、ウラッハ(Cl)、ライスター(Cl)、名歌手のシュワルツコップ、フィッシャー=ディースカウ、アメリング、マティス、アダムらとも共演している。日本へは、1961年に初来日して以来、度々訪れている。
|
|
ニコラ・フリサルディ − Nicola
Frisardi
|
イタリアのバリに生まれ、幼少よりピアノを始めた。ザルツブルグ・モーツァルテウム音楽院で学び、ハンスにその類稀な才能を認められ、イタリア政府の推薦によりライグラフ氏に師事した。
ヨーロッパ各地、アメリカの各都市での演奏会において成功を収めた。殊にモーツァルト没後200年にあたる1991年には、モーツァルトのソナタ全曲演奏をザルツブルグとナポリで行い絶賛を博した。現在はモーツァルテウム音楽院教授として指導にあたっている。
CDはEMI、Chesk、BMG等のレーベルから発売されてる。
|
辛島 文雄 − Fumio
Karashima
|
大分県出身 九州大学在学中から演奏活動を始め、1974年に上京後、数々の国内有力グループで活動を始める。
1980年から6年間にわたり、エルビン・ジョーンズ率いるジャズマシーンのメンバーとして北米、欧州の各国を旅している。
国内では辛島文雄トリオ・コンボ・ソロピアノを中心に、国内外の著名ジャズメンとのセッションや、ビッグバンド、交響楽団とも共演している。
また、個人の海外活動ではオーストラリア、イタリア、香港、ニュージーランド、アメリカで演奏を行って好評を博している。
このような辛島文雄の活動はジャズ界から最上のピアノテクニックを確立したプレイヤーとして評価されている。
現在までに19枚のリーダーアルバムを発表しており、常にスイングジャーナル誌の人気投票では上位を占めている日本を代表する実力派ピアニストである。
河合 優子 − Yuko
Kawai
|
愛知県岡崎市出身。名古屋市立菊里高等学校音楽科を経て愛知県立芸術大学音楽学部卒業、同大学院音楽研究科修了。
1990年に来日したポーランドのピアニストで20世紀最大のショパン研究家、ヤン・エキエル教授に認められ、大学院修了と同時に渡欧。
ポーランド国立ワルシャワ・ショパン音楽院研究科修了。
95年のショパン・コンクールではワルシャワ市民が彼女の演奏に絶大な支持を表明し「スラヴの魂を持つ日本人」「ユウコ・カワイの演奏会は真の芸術的事件」と評される。
その後、ポーランドを拠点とした幅広い演奏活動に入るとともに、エキエル教授が中心となって進めているショパンの新原点版「ショパン・ナショナル・エディション」の普及活動を精力的に行っている。
現在、若い世代を代表するショパンのスペシャリスト。
第1〜5回ショパン国際コンクールin ASIA、第5・6回アルトゥール・ルービンシュタイン記念若いピアニストのための国際コンクール(ポーランド)第37・38回ポーランド・ピアニズムフェスティバルにおけるコンクール各審査員。
2001年よりヤン・エキエル編『ナショナル・エディション』に基づく、一人のピアニストによる世界で初めてのショパン全曲演奏会をメインに、全曲網羅のマスタークラスも併せておこなう長期プロジェクト《河合優Choppinissimoシリーズ》をスタート。
2005年からショパン・コンクールで正式に使用推奨となったエキエル版を知る貴重な機会でもあり、歴史的プロジェクトであるとして日本のみならず世界の注目を集めている。
現在はポーランド永住権を得て、ワルシャワ郊外在住。
ヨーコ キクチ − Yoko
Kikuchi
|
東京生まれ。
桐朋女子高校音楽科を経て同大学を卒業。富本陶、藤井一興各氏に師事。その後ブリュッセル王立音楽院のニコル・アンリオ・シュヴァイツァ氏 のクラスで一位(プルミエ・プリ)、ハイディプロマ課程を最優秀賞で終了。
その後ロシアンスクールの継承者の一人でもあるイフゲニア・ヤルモネンコ 氏のもとで研鑽を積みつつ、ベルギーをはじめヨーロッパ各地でコンサート活動を始める。
イタリアトラーニ国際コンクールでは、審査員であったラザール・ベルマンから高い評価を得て優勝、合わせて最優秀現代曲も受賞した。
ベルギーA・ ドゥ・ グレ-フコンク-ル1位、ソリスト
としてはベルギー国立管弦楽団、フランドル・フィルハーモニーらと共演。
一方、マルク・グローウェルス(フルート)フィリップ・コッホ、ユーリ・ブラギンスキー(バイオリン)など室内楽では共演者からの信奉も厚い。
メキシコ クウェルナバカではエリザべート王妃(イザイと生涯音楽を通して交友関係にあり、現在最も大きなコンクールの一つであるエリザべートコンクール の創立者)の娘、イタリアのウンベルトII王妃であったマリー・ジヨゼフからブラギンスキー氏とコンサートの招待を受ける。
現在ベルギーに在住。
ヨーロッパ文化を深く体得し、その香りを感じさせる数少ないピアニストであり、ベルギーの作曲家を始め、ルクー、フランク、アントワンヌなど知られざる名曲にスポットをあてたプログラミングなど、意欲的な音楽家である。
ミカエル・グットマン(バイオリン)とは日本へも数回訪れ、ベルギーのゲントと姉妹都市でもある金沢でも公演している。
CDではヴュータンの[グランドソナタ]が世界初のリリース。
CD批評雑誌グラモフォンで好評を得る。
1994年(第1回)よりディナン国際サキソホォンコンクールの公式伴奏者であり、現在ブリュッセル王立音楽院では日本人として唯一後進の指導にあたっている。
ドーラ・シュヴァルツベルグ(ヴァイオリン)
|
オデッサにあるストリアルスキー才能教育学校で音楽を学び、モスクワ音楽院でユリ・ヤンケルヴィッチに師事。
1976年カール・フレッシュ・コンクール(ロンドン)、1975年ARD(ソロ)、1971年ARD(デュオ)、1979年ロマーノ・ロマニーニ・コンク−ル等で優勝。イスラエル・フィルハーモニック管弦楽団、ロンドン交響楽団、ニューヨーク・フィルハーモニック(メニューイン指揮)、ナショナルシンフォニー管弦楽団(ロストロポーヴィチ指揮)他と共演。
1989年祖国ロシアに戻り、モスクワ室内管弦楽団の主席指揮者のトレチャコフに招かれ、モスクワとサンクトぺテルブルグで共演し、モスクワでリサイタルを開催。
1991年にモスクワでスヴァトスラフ・リヒテル主催の「12月の夕べ」シリーズに出演する名誉を受ける。
室内楽では、アルゲリッチ、マイスキー、ラビノヴィッチ、ベルリンスキー(ボロディン弦楽四重奏団)
トレチャコフ、バシュメット、アファナシェッフ、今井信子、コッス等、著名な演奏家と共演。
1995年からシューマンの室内楽曲全曲演奏をEMIにて実況録音。
ブラームスの五つのヴァイオリンソナタとピアノトリオ全曲をヴィドン・トリオ(デレヴィアンコ、ドロビンスキー)と共演し録音。
2001年作曲家・チェロ奏者のヨルゲ・ボッソと各国の音楽祭(サハロフ、プロジェット・マルタ・アルゲリッチ、ドゥブロヴィニックなど)にて演奏。
1988年からウィーン国立音楽演劇大学の教授として、30人以上の弟子を国際音楽コンクールに入賞させ、世界的に著名な指導者として認められる。
メニューイン・スクールや各地の有名校でマスタークラスを定期的に行う。
2006年にはアルゲリッチとの共演がキングインターナショナル(Avanti Classics)より録音、発売されている。
国際コンクールの常任審査員でもある。
ウィレム・ブロンズ - Willem Brons
|
オランダ出身の名ピアニスト。その内面的な表現の深さは比類がない。
アムステルダムで、カレル・ヒルサムにピアノを、ピート・ケイにオルガンを師事。その後、ジュネーブ音楽院で、ルイ・ヒルトブランに師事。満場一致の一位特賞で卒業。
同時にパデレフスキー記念フィリピネッティ賞を受ける。
ハイティンク指揮コンセルトヘボウ管弦楽団、ロッテルダム・フィル、ロンドン・フィル、スイス・ロマンド管弦楽団との協奏等、世界各地でリサイタルを行う。最近では、アムステルダムコンセルトヘボウホールにて、2000年5月にバッハの平均律第1巻の全曲演奏会を、2004年6月には平均律第2巻の全曲演奏会を実施し大成功をおさめている。
バロックからロマン派にかけての広いレパートリーを擁し、ピアノ・フォルテにも造詣が深く、ジョス・ファン・インマゼールがアントワープで主宰している「アントワープピアノ音楽祭」にも招かれている。
また、オイゼビウス・クリングを主催し、リサイタル、室内楽の演奏会でも精力的な活動を行っている。
日本では、Nimbus、日本クラウンよりシューベルト、ベートーヴェン等のアルバムがリリースされている。
一流の演奏家であるとともに、アムステルダム音楽院教授で教鞭を取り、オランダピアノ教育者連盟の会長も務める。
1995年からアムステルダムでマスタークラスを毎年夏開催。
またモスクワ市内2校の音楽院やヨーロッパ各地から招かれてのマスタークラスも開催している。
日本には1982年に初来日し、コンサートに加え、東京芸術大学、桐朋学園、洗足学園等日本各地の音大にて公開レッスンやレクチャーを行う。
2001年5月は教育連盟をはじめ、仙台国際コンクールの審査のために来日。
2002年3月、教育連盟で招聘され、名誉会員となる。
2003年4月には音楽家・演奏家としてオランダ女王より勲章を授与された。
|
|
|
| | |